怒ってるのかな


具合悪いのかな


忙しいのかな


神様の仕事してるのかな


元気ならいいな

妹と過ごす時間は貴重で

姪っ子をみていると

ほっこりした気持ちで

たくさん満たされるような気持ち


楽しいだけじゃなくて

大変なこと

たくさんあるのだろうし

泣くのをあやすだけでも

重労働だなと思うけれど


時間がやさしく静かに

過ぎてるのをみると

近ごろ殺伐としがちな気持ちも

穏やかになってゆく


大切で大事な人とだけ顔を合わす

というのは現実的に難しいけれど

大切で大事な人と少しでも多く

一緒に過ごすことが

実現できたら嬉しい


叶うといいな

もし、もし、

ただただ、忙しいだけだったら

私のうだうだは馬鹿げていて

とんでもなく恥ずかしい。


忙しさの度合いが

ちっとも分からなくって。


もし、もし、

そうだったら、だとしたら、

私は

ただ、ただ、

謝りたおしたいって

思ってもいる。


ほんとに。

どんなに忙しくても

必ずは目にとめてくれる

またはそう思わせてくれるように

手を掛けてくれている


ゴネても拗ねても

完全には放り出さないでいてくれる


何だかんだいって

限られた少ない時間の中で

たくさん考えていてくれる


たまに

わかりやすく

見ているっていう

印をくれる


リレーの話を

ずっと放り出さないで

続けてくれている

色々うだうだと

あれこれ書いてしまったけれど、

一番いいたいことは

ちっともそんなことじゃなくて

表層にある寂しさや悲しさとかが

先立ってしまってるだけで


率直な気持ちを

不快さもなく誤解されないように

正確にかくのは

ほんとにむつかしい。


大事にしたいし

失いたくない。


ただ、そう感じているのは

自分だけかと思うと

軸がぶれてしまうし

伝えたいことは

そんなことじゃないのに。

ひょっとしたら、

私の反応を気にしているのかな。

もしそうだとしたら、

半分はずれで、半分あたり。


作りものだし、とか、

ただのツイートだし、とか、

ランダムに表示されるファボだし、とか、

自分の中で一つずつ言い訳のようなもの

あれこれ説明づけたり、

いいねの通知だけみてタイムラインは

前より見ないようにしたり、

していた。


ひねくれないように、とか、

いちいち全部を間に受けないように、とか、

一つずつ深く考えないように、とか、

そんなこと考えたり、

していた。


でも、そうしているうちに、

自分の気持ちや、

見ている方向とか、

何が本当なのかとか、

輪郭がぼやけてきて、

色んな疑惑のような不安が、

次から次へと重なって、

すごく注意深くしていたのに

だんだん緩やかにねじれてきている。


嫌味を言いたいわけじゃないのに

どこか、皮肉めいたことを

書いてしまう。


否定的はことを言いたい訳じゃないけれど、

肯定も否定ない言葉の中から、

何か意味をつくろうとしてしまって、

いる。


交流分析でいう、あれ、だ。

正のストロークが減ると

負のストロークを得ようとする、

という、あれだ。


理屈では分かっているのに、

感情が伴わない。

期待しなければ良いのだろうけれど

何も期待しないとしたら

今わたしは、

どこを向いて何をしてるのかなって

暗闇の穴ぐらに

かまりそうな気持ちになるのを

何とか振り払っている。