ヰタ・セクスアリス

一瞬の花火のような、
ジリジリと頭の奥まで痺れるような、
そんな刺激を自分から求めることは少ない。
どちらかと言えば淡泊かも。

女なら誰でもいいという感覚からは対極にいる。
不必要なものは極力は目にしたくない。
見てくれの好みも多少は影響するけれど、
小奇麗な器であれば何でもいいとは1ミクロンも思わない。


だからと言って、無欲かというと、それともまた違う。
想いが重なった上で温もりも重ねたくなる、という、
少女のような幻想から抜け出せないだけ。

学生のころ、私は映研に在籍していて、たまに上映会を観に行ったりもした。
まだデジタルの編集が一般的ではないので8ミリで取って手で切って繋いでいた時代。

初めてみた上映会で印象に残った作品が一つあった。
モーツァルトのレクイエムが流れていて青年に一筋の光が当たる。
「愛していたからこそ、彼女を自分の血と肉とし一つになりたかった」
そういって泣き崩れてエンド。
目に余るような残虐なシーンは一切なくて、静かな短編映画だった。


肉を喰らいたいとは勿論思ったことはない。
でも、その青年の気持ちが少し分かる。

私たちが、普段、可愛いとか綺麗だとか言っているものは、
その人の皮一枚のことでしかない。

本当に大切に思える相手と気持ちが重なることがあるのなら、
その言の葉をいずる唇から、吐息から、
指の先も鎖骨も、骨も肉も、髪の毛も睫毛も、
頭のてっぺんから爪先まで、ぜんぶ、余すところがないくらい、
大事で大切だから丁寧に触れる。

ゆっくり辿り、確かにそこに在ることを確めて、
一つになることに飽き足らず奥へ奥へとゆく。

人の温かさを、その皮膚から伝わる全てのものを、
こぼれ落ちるものを辿って、瞳から愛おしい人の世界を覗き込む。

別に脂肪が多かろうと、肌が荒れてようと、
シワがあってもなくても、そんなことなんて気にならないよ。
そんな表面的なことなんて大事な人ならば関係ない。

その人がどんなことを想い、どんな道を歩き、どう辿ってきたか、
その深淵を覗き込むようにその肌に触れられたら。

だから、私は無感情ではないのです。
むしろ夢見がちで欲張りなくらい。
簡単じゃないだけ。

気持ちが伴わない行為をするくらいなら、
一生を孤独に生きる覚悟をしてるくらい大事にしてる。
私なりの肉欲。