一生わすれない言葉

むかし、とても大好きな上司がいた。
聡明で博識でユーモアに溢れ、笑顔の多い人だった。
質問をしたり相談をすると、何時も明確な道しるべをくれた。

 

私は好きな気持ちを隠すのがとても下手だ。
正確にいうと隠そうとすると不自然になってしまう。
だからと言って自分に振り向かせようという努力もしない。
むしろ「愛想よく媚びて自分だけを見つめさせるなんて無理」と
卑屈な虫が顔をのぞかせて、人だかりができると、少しずつ後ずさりする。

 

幼少の頃から自分の容姿に自信がない。
醜悪な塊だという意識があって、それを拭うのに長年かかってしまった。

そんな私だのに、当時、身を置いていた職場は、
卑屈な私とは対照的に容姿端麗で光り輝くような女性だらけ。
そんな眩しさにあてられて、自分が女として生まれたのは、
やっぱり何かの間違いだったのかなと毎日ひしひしと感じていた。
そして綺麗な人や可愛い人が揃うと痛いくらい実感することがある。
皆んなが何処を向いているか、を。
道に咲く花が太陽を向くのと同じ。
そうじゃない人の存在は空気と同じだ。

容姿で人に潤いを与えることもなければ、
家庭的な振る舞いで人を癒すこともできず、
優しい気遣いで気持ちを温めてあげることもできない。
ただただ働いて職場にこもって仕事をこなしているだけの日々だった。


男に生まれれば良かったな。何か間違えちゃったのかもな。
そうしたら、こんな気持ちで悩むこともなかったのに。

 

世の中にはピンクや赤の似合う人がいて、
リボンやハートや花柄が相応しいくらいの
まるで上質の糸でできているような、
そんな人が確かに存在する。

 

私はそんな色んなものを諦めて仕事に没頭した。
寝る暇も削って顔色を悪くして、労働を消費した。
この時期に無理をして体調を崩すことが増えた。
でも楽しかった。
知りたいことを調べ方々をたずね、ものを書いて人に伝える。
通常業務とは別に我がままを言って仕事させてもらえて、
ただただ感謝だった。

 

「やる気がある人はどんどん好きなことをしたほうがいいよ」
そういってくれたのは、私が好きだったその上司だった。


「仕事って楽しい」とその頃思えるようになった。
その他にも動画の勉強もさせてもらえたし、
そんな一つひとつがすごく嬉しくて、
もっともっと貢献しようと思うようになった。
忠犬ハチ公みたいに。

 

そんなある日だった。上司たちに声をかけられた。
「欠員がでるんだけど、こっちの仕事に変えてみない?」

 

本当は二つ返事をするべきだったのかも知れない。
でも人前に立ちたいとはどうしても思えなかった。
自分の姿を人に見られるのはどうしても嫌だった。

 

「でも薫さん、演劇やってたんでしょ? 大丈夫じゃない、人前も」
「舞台は私であって私じゃないので…」

 

大げさなメイクをして、派手な格好をして、
まぶしいライトを浴びるから成立する。
おまけに私ではないキャラクターとして立つ。
私ではない違う人なのだ。だから本当に別物。

 

「きれいな人がするべき仕事だと思っています。
 周りの人もそう思っています。認めてもらえないと思います。
 ですから私には無理です」

 

今振り返っても、なんて卑屈で卑怯な言葉だったろう。
自分に魅力がないことを露呈するだけでなく、
人に価値を委ねた挙句そこに非を押し付けている。
それを不躾に包み隠さず露呈してしまうなんて。

 

横にいた別の上司はぼやいた。
「いや…容姿とか関係ないんだよ、ほんとうは。伝えたいかどうかなんだ」
向いてると思うんだけどなぁと途中でつぶやいた。
「でも他人から何か言われない保証はないから、無理強いはできないよね…」

 

「すみません…」

 

声を掛けてもらえただけでも、私には十分だった。
年老いた時に振り返ってほくそ笑むことができるくらいの出来事だ、
そう思って席を立とうとした時に、私の好きな上司は言った。

 

「人には色んな美しさがあるんだよ」

 

何時も通りの優しい笑顔だった。

 

「今そこにいる奴らだってそうでしょ?色々じゃない? 一つじゃない」
茶目っ気たっぷりの笑みで目が細く無くなるほどだった。

 

 

「薫さんの美しさは『自分の美しさを知らない』ってことなんだよ」

 

 

予想だにしない言葉で目が丸くなった。
「自分の美しさを知らない」って何?どういうこと?
多分、ほうけて間抜けな顔になっていたのだろう。
二人はフフフと笑った。

 

「まぁ、でも、薫さん本人は分からなくてもいいし、今のまんまでいいよ」
上司は二人で目配せした。
「そうか確かにそうかも。それでいいかもね。
 アイツらみたいに毒をまきちらす派手な花になる必要ないよね」

皆んなでそう言って夜中に笑い合った。

 

 

嬉しかった言葉、悲しかった言葉、
良いことも悪いことも含めて忘れられない言葉がある。

 

 

この言葉は、本当に嬉しかったので、今でも私を励ましてくれる。
そして、長年この言葉を繰り返すことで気付いたことがある。
単に耳障りがいいだけじゃなかったんだ。
私という人がどんな人間かを理解した上で
伝えてくれた言葉だったってこと。

 

何故なら、多分この先も、
私は自分が美しいと思うことなく一生を過ごすだろう。
寧ろ卑しさに苛まれる時間の方が多いだろう。
正直、そのことでお叱りを受けることも少なくない。
だから口をつぐんでしまう時間も増えた。
でもこの言葉は違う。
そんな私を否定せず、まるごと包んで賛美してくれる。

 

自分で「何か」が分からなくてもいいのだ。
だから自信が無いのを無理する必要はないのだ。
見る人がみたら美しくみえているのかもしれない、
そうだったらいいな、そう思わせてくれる。

 

丁寧で優しい上質の言葉は、とびきり魔法みたい。
一生わすれない宝物なんだ。

 

そして。
そんな言葉を私も誰かに伝えられたらいいな。
そう思わせてくれる幸福な魔法の言葉。