大事なものを手放すかも知れない

スポットライトを浴びて
人前で笑ったり怒ったり、
歌ったり踊ったりするのが
本当に楽しかった。
自分の一挙一動で
空気が変わる瞬間が愛おしかった。


どんなカタチでもいいから、
表現していきたいと思ったのは、
20歳になる前の事。

 

内気な性格を直して来なさい、と言われて
気の進まないまま演劇部に入ったのは、
似合わないセーラー服を着ていた頃の話。

 

人を喜ばせたい、笑顔にしたい、元気になってほしい、
無邪気に純粋にそう言っていられた年数は少ない。
実際は、そういう建前の基に人を裏切ったり、
失望させたり、迷惑を掛け通しだった。
お金にも苦労したし、家族にも嫌な想いをさせてしまって。
正直、私はお荷物に成り下がっていた。

 

だから、一度、生活を改めた。リセットした。表現を捨てた。


でも私は我が儘でバカだから、自分のことしか考えられなくて、
創造しない日々はひたすら空虚だった。毎日の景色がつまらない灰色だった。
誰かと巡り会って恋愛でもすればバラ色になるかと思ったけれど、
何かの代わりに得ようとする恋愛なんて、気持ちが空っぽになるだけで。

 

8年ほど迷走して、辿り着いた答えは「習い事でもいいから踊ろう」だった。
小さな場所でも少ない人の前でもいいから、何か表現しよう、
そう思えたら、突然に世界は輝き始めた。止まっていた針が動き出したみたいに。

 

そうなると、息を吸っても吐いても、瞬きしても転んでも、
万物全てが色に満ち溢れて、全てに祝福されているのじゃないかと錯覚するくらいの、
一瞬一秒に爽やかな風が吹くような幸せの連続だった。

それなのに。

 

私はそんな大切なものを、いつ失ってしまったんだろう。
気がついてから躍起になって取り戻そうとしてるのに、
私の目の前をどんどん通り過ぎてゆく。
針が動き出してから、またしても8年。
いま再び、針は止まってしまうのかも知れない。

 

おかしいな。
私って何をしたかったの?


気持ちの着地点も、目指すものも、
すべて実体が無くなって、カラカラと乾いた音が鳴る。

 

 

「仕方ない、仕方がないんだ。
 あんな理由、こんな理由でどうしようもなかったんだ。
 だから、もう捨ててしまおう、あきらめよう」

 

でも、それって本当なのかな。
大事なものから逃げようとしているのかな。
これ以上傷つきたくなくて捨てようとしてるのかな。


わからない、私にも。
ぜんぜん、分からない。

 

今の季節、湿度は高い。
踊ると途端に汗が珠になって噴く。

 

私はどこへ進もうとしてるのだろう。

 

今日も道は霧に包まれている。