壊れなくて、よかった。

「メソッド演技で芝居してもらいます」と座長は言った。

新劇で用いられる既存の演技は
悪く言うと型にはめた芝居だと言われてた。例えば「お腹が痛い」演技をするのに、
眉間にシワを寄せ前屈みになりお腹をさすれば良い、
という具合に。

「でもそれでは真に迫ったものを観客には伝えられない」
とその人は言った。
「そこで…我々が必要としている芝居方法に切り替えてほしい。
 フリをするんじゃない、本当にその気持ちになってもらう」

京大出でフリーのライターをしているというその人は、
私の目を見据えてそらさない。

「それがロシアで生まれた『メソッド演技』だ」

初めて聞いた言葉に胸が高鳴った。
学生の頃は誰も教えてくれる人がいなかったから、
ただ何となくしか演技してこなかったし、
「本格的な芝居」というものに興味が沸いた。



仕事を早々とあけて公民館などの稽古場に急ぐ。
いつも遅刻して部屋を開けると、
最初のうちは筋トレに反射神経の強化、腹式呼吸は発声練習に、
滑舌訓練などをしていた。
でも、ある時から、様子は変わった。

床には呻きながら横たわる男女が部屋でころがっている。
ある人はテーブルの下で体育座りをして奮えていたし、
また他のある人は部屋の角の隅でうずくまって泣いている。

異様ともいえるその部屋の中央では
座長が役者の一人と向き合って座っていた。

「そうかぁ、今のキミは5歳なんだねぇ、
 いまゆっくりゆっくり周りが見えてくるよ〜、
 いったい何が見えるかなぁ?」

そう、それはまるで退行催眠だった。
リアルな演技、真の感情を引き出すために、
という名目で稽古毎に座長は私たちに退行催眠をして
トラウマを探ってばかりいた。

「ママ、ママ、ヤだ……イヤだ……イヤァァァァァァァァァ!!!!!」

まだ20歳そこそこの殆ど少女のような女の子が
突然に泣きわめいて部屋を飛び出した。まずい!

冷静さをを残した数人で彼女のあとを走って追う。
皆んな本気で走る。汗の玉が噴き出すほど駆ける。
ふだん稽古をしているから、逃げる方もそれなりに早い。
でもこちらだって条件は同じ。受け身の練習だってしている。
半分突進するように彼女を捉えにいく。

でも相手は本気でパニックを起こしている。
5歳児の非常事態の気持ちのまま本気で逃げている。
彼女にしてみれば命にかかわる逃走だ。
私たちが私たちに見えていない。
「今だ」と数人で取り押さえるも、
誰かが手をガブリとかじられた。

「クッソ……」
「誰か救急車よべ!救急車!はやくっ!!!」

口にハンカチをつめて、後からきた救急隊員に受け渡す。
疲労感でいっぱいだった。
稽古時間の大半をこれに費やして…何やってるんだろう…、
座長を除く団員の皆んなが多分そう思っていた筈。
なのに、その稽古を避けることができなかった。
何故なら、次の舞台の配役に響くからだ。

人前で何かを披露して見てもらいたい、と思う人間の中には、
大なり小なり、厄介な事情だったり後ろめたい想いを持つ者が少なくない。
心の中をつつかれると、みるみるうちに壊れたように調子を崩していった。
明らかに精神のバランスを崩す人間を大量発生させていた。

残業などで到着が遅い私は、その退行催眠の対象になることもなく
しばらく過ごせた…というのは建前で、実は仕事で遅くなるという言い訳で避けていた。
もちろん座長を信用できなかったからだ。
まともな感覚があれば当たり前だと思うけれど。

それでもある日、とうとう私の番になった。

あまり辛かったことは人前で話したくない。
信用していない相手に打ち明けたくなどなかった。
だからせいぜい3歳児くらいの時の朧げな記憶の出来事にしよう。
それならば大したことはあるまい。

甘かった。

過去の記憶などといっても、
人の認識は常に上書き保存されている。
当時のまま残っている残像なんかじゃない。
私たちの都合やく記憶は置き換えられている。

つまり、退行催眠で引き出された記憶は、
たぶん本当の記憶そのものではない。材料はなんだっていい。
それを材料にすることで精神を軽く崩壊させて解放させられればいい。

瞼を閉じて浮かぶ景色は、本当の記憶と作った記憶が混ざる。
恐怖は増幅され、空間は無駄に広がり、自分はとても小さくて弱い生き物になり、
フラッシュバックするように、怖い顔やヒステリックな声、
誰かのすすり泣く声、叱責の声、がどんどん浮かんでは消え、消えては浮かぶ。

それが本当の記憶でなくても良いのだ。
一度追いつめられ、そこから声を出して解放できるかどうか、がゴールなのだ。

ーーーーーさぁ、いまだ、声をだして、叫んで!

どこか遠くから誘導する声が聞こえる。
そうか、叫ぶ、のか。叫べば抜け出せる、のか。

「…ぅ………ぅ………っ」

ーーーーーそう!声を出して!もっと!

「…うぅ…う…ぅぅ…うっ……」

ーーーーーもっと!もっともっと出して!!

「う…う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

一度でた声は止まらなかった。

全身の毛穴が逆立つ。夏だというのに歯がガチガチと奮える。
目から鼻から色んなものが流れ出て止まらない。
怖いこわいこわい、嫌だいやだいやだ、何これ?何なのこれ???
嫌イヤいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやァァァ!!!

私は椅子から転げ落ち、うずくまった。
視界は真っ暗だった。
世界は終わったと、確信した。



一度、気持ちが壊れると簡単には治らない。
日常の生活を普通に送ることすら難しくなる。

まず通勤の電車が怖くなった。人混みが怖くなった。
ラッシュ時にあう痴漢が恐ろしくなった。
声をあげないと被害も大きくなって更に怖くなる。
耐えられなくなって電車を飛び出し、ベンチに座る。
奮えて泣くことしかできない。
時に優しい親切な人が心配して声を掛けてくれた。
でもその人ですら恐ろしい。

途方に暮れながら椅子に座って眠りに耽った。
睡眠をむさぼっている間は余計な感情は湧いてこなかった。
このままではいけないと知りながら、
こっそり有給を使って、昼間の電車を寝て過ごした。



家族に内緒で心療内科へ行った。
心療内科へ行ったのは精神科の既往歴を残したくなかったから。

何件も何件も回ったが、心療内科は本来 精神科とは異なるので、
私が抱えていた問題を受け止めてくれるクリニックが皆無だった。
むしろ心療内科とはなんたるかを医者から説教されるはめになるのが常だった。
そして絶望的な気持ちで門を叩いたあるクリニックで、
とうとう理想的な医師に巡り会えた。
対話を大事にしているらしく、待ち時間は恐ろしく長かった。
ただその分、自分ともきっちり話をしてくれる。
おまけに何のクスリも私には出さなかった。
そして的確な助言を必ずしてくれた。有難かった。



「結論からいうとね、よく耐えたね、ガマンしたね。頑張ったね。
 その座長だか何だか分からない人間を、まぁ殴ってやりたいくらいだけれど。
 何の知識も技術もない者が退行催眠モドキをして、
 どんな健康な人だって精神が壊れない訳がない。恐ろしいにも程がある。
 訴えてもいいくらいだよ。身もわきまえず愚かにも程がある。
 まぁ、そんな人間に関ってもロクなことはないから、
 今すぐ、その劇団を辞めなさい、貴方自身の健康のために」

人生は長いので、時に落とし穴におちてしまう事があるよ、
思いもよらないところへ行ってしまって途方に暮れることもあるでしょう。
先生は穏やかにそう言った。

「人はね、病気だと言ってしまったら病気になってしまうし、
 病気じゃないと言えば病気じゃなくなるんですよ。
 だから、私は貴方にクスリは出しません。軽い風邪ですよ」



まるで雑談をするように何時も相手をしてくれた。
だから話をした後はスッキリした気持ちになる。

電車に乗る恐怖と戦いながら、
予定の時間通りにつかないことが多かった。
それでも叱る人はそのクリニックにはいなかった。
休み休み乗りながら必死になって通ううちに、
氷が少しずつ溶け始める。春がくるように気持ちは穏やかになっていった。

電車に乗る苦痛がだいぶ薄らいだ頃、
フェードアウトするように私はクリニックを卒業した。



今でもドラマや映画をみると、
記憶が刺激されて感情移入しすぎることがある。
嗚咽が出るほどに泣くことが珍しくない。

それでも、この程度で済んだのは、
あの先生のお陰だと、今でもそう思っている。

もしあの時、踏み切れずだらだらと劇団に残っていたら、
私は本当に壊れていたのだろう。

必要な時に必要な人と出会えたことは、奇跡という名の幸運。



先生、お元気ですか?
もうどんなお顔で、どんな声だったか、
すっかり忘れてしまいました。ごめんなさい。
どこの駅のどんなクリニックだったかすら
うっかり忘れてしまいました。残念。

でも待合室にいる誰もが穏やかな顔をしていて、
窓から差し込む陽射しが温かく健やかで、
本当に心地のよい空間でした。安心できました。
だから何時間待たされても全然苦痛じゃなかった。

おかげさまで今はおおむね良好です。
(ちょっぴり控えめに言ってみました)

初めてお会いした時の私は
厚い膜に覆われて、周りがぜんぜん見えませんでした。
自分の中と外にすごく敏感になって、
うまく気持ちを処理できずにいました。
全てが他人事にうつって目の前のことすら
遠い世界のように見えました。

でも、今では、人の声や気持ちが届いてきます。
色んな景色や風景、香りや感触が、
気持ちの中にじわじわ伝わってきます。

そして、あたたかい。

今たしかにここにいるって思えるようになりました。
自分の足で立ってるっていう実感がある。

だから、これからも歩いていけそうな気がします。

あの時、先生に出会えて本当に良かった。
本当にほんとうに救われました。
それなのに名前を忘れるなんて私らしいけれど。

嬉しかったことは、すごおく覚えています。
先生の部屋は書棚が大きくて、ピカピカのお部屋でした。
いっつもニコニコして聞いてくださいました。
ちょっと懐かしい。

本当に、わたし壊れなくて良かった!
とっても良かった。心配でたまらなかったから。

先生、本当にほんとうに、ありがとう!